男系支持派の「女系天皇反対」論を考える [皇室典範改正]
河童のような不思議な植物です。
皇位継承を男系男子に限定し、女系天皇に断固反対するという、「男系支持派」の学者等の意見は、理屈に合わないものばかりで、既に破綻しているとしか思えないのですが、惑わされている人もあるようなので、反論などをまとめて見ました。
男系支持派・女系天皇反対派の意見は、次のようなものです。
なお、御皇室のことを、染色体とかゲノムに関連づけて語るのは、私としては、気が進まないのですが、男系支持派がそういうことを話題にしているので、やむを得なく取り上げさせていただきます。
1、 男系を維持するために旧宮家の子孫に皇族復帰していただく案がベストである。
2、 女系天皇になると、Y染色体を受け継ぐことができないから、皇室が別ものになる。
3、 男性は種で、女性は畑である。種が変わると作物が別物になってしまう。皇室も同じである。
4、 古事記のイザナギ、イザナミ神話に、結婚の時は、女性が男性に先に声をかけて誘ってはいけないという話がある。女性が男性に先立ってはいけないというのが、日本精神である。だから、夫に従うように創られている女性は、天皇になれない。
【男系支持派の推す案の問題点、反対理由の反論】
1、 男系を維持するために旧宮家の子孫に皇族復帰していただく案について
① 旧宮家の子孫に政府は打診しましたが、これまで復帰希望者は一人もいませんでした。
② 旧宮家の竹田恒泰氏(臣籍降下した竹田宮様の孫)は、生まれて間もない赤ちゃんを養子にと主張しているようですが、養子には数々の問題があります。
〇皇室の中のどの宮家が養子を受け入れられるのか、受け入れ側の宮家の御意思を無視して、そのような政策を決めてよいものかどうか。
〇成人した養子が、離縁(養子関係解消)する例が、一般人でも3分の1ある。赤ちゃんの時に、皇室の養子になっても、3人に一人が離縁を申し出る可能性がある。
〇成人した自分たちが皇室に入りたくないのに、生まれたての子供を手放す親があるかどうか。子供たちの意思を、親が勝手に決めてよいものかどうか。子供は親の道具ではない。
〇一般家庭においては養子になった子供の成育環境は、皇室に入るほどの変化はありませんが、皇室は、人権の制限がある特殊な世界です。皇室のような特殊な世界に養子を出す場合、本人の意思確認ができない決定には、大きな問題があると思います。
③ 旧宮家は、男系男子の系統といいますが、600年前の天皇の子孫です。その上、一般人になってから70年以上経っているというのは、日本の歴史始まって以来の、現在の皇室と縁の遠い、男系男子の子孫が、皇族復帰する例となります。
過去の歴史においては、皇籍離脱してから3年目で復帰(宇多天皇)の事例がありますが、離脱して70年以上で、代も孫やひ孫の代になっている復帰の例は、まさに前代未聞で、まったく前例のないことです。
それに固執するのは、「臣籍降下した皇族の復帰は認めない」という、明治時代に制定された皇室の大原則に、真っ向から対立するものです。
【女系天皇反対論に対する反論】
1、女系天皇になると、男性にしかない「Y染色体」を受け継ぐことができないから、皇室が別ものになる。
① Y染色体は、ヒトゲノム(遺伝子)の運び屋に過ぎません。飛脚の屋号のようなものです。
② 運び屋たるY染色体(歴代天皇の)を持っている男性は、日本中に無数います。多くの一般男性が、歴代天皇のY染色体を持っている可能性があり、旧宮家だけの特殊性を担保しません。
③ Y染色体をたどれば、神話の世界では、天照大神(女性神)につながります。結局、女系の祖先神が、日本人の考えた、皇室の始祖ということになります。
④ 生物学的に言えば、Y染色体は、アフリカの人類最初の男性に行きつきます。
⑤ いずれにしても、Y染色体が受け継がれていることを、尊ぶ理由は、どこにもありません。
*上記①~④は生物学者 福岡伸一氏の説です。(『皇室典範改正への緊急提言』100~102ページ)
2、 男性は種、女性は畑である。種が変わると作物が別物になってしまう。皇室も同じという説。
① きわめて非科学的な、生物学に反する、古代の迷信です。
畑にオシベを蒔いたら、作物ができるでしょうか? オシベとメシベがなければ、肝心の「種」ができません。
人間の受精卵は、父親と母親のヒトゲノム(遺伝子)を半分ずつ継いでいます。
恐れ多いことですが、一般女性が天皇の配偶者になられた今の皇室と、一般男性が天皇の配偶者になることとの間に、何の差異もありません。お子様が、父親から半分、母親から半分のヒトゲノム・遺伝子を継いでおられること、継がれることにおいては、まったく同じです。
② 種と畑のたとえは、男性を通してのみ、特殊な「気」が子孫に受け継がれるという、古代シナの思想に基づくものであって、日本人にとっては、ただの迷信に過ぎません。非科学的な迷信を根拠にするのは、愚かなことです。
3、 古事記のイザナギ、イザナミ神話に、結婚の時は、女性が先に誘ってはいけないという話がある。女性が男性に先立ってはいけないというのが、日本精神である。
① 女性が男性に先立ってはいけないというのは、女系家族が主であった日本古来の思想ではありません。
古事記が成立した頃には、シナの男尊女卑思想が、日本に浸透し始めていました。古事記の、婚姻の時に、男性が先に声をかけるべきであるとの話は、その影響を受けたものです。
「日本書紀」の一書には、女性神が先に声をかけて、淡路島、蛭子(ひるこ)を生んだ後に、海、川、山、木の祖、草の祖、を生み、日の神(天照大神)を生んだという話があります。 男性神が先に声をかけるということが、国生みの必須の条件だったわけではありません。
② そもそも結婚という人生の一大事は、男性が声をかけても、女性が声をかけても、2人が心を一つにして、家庭を営む共同作業を行うという、2人の決意から始まるのであって、どちらが先に声をかけるということを、古事記神話の一節を根拠に「こうでなければならない」と、決めつける必要はないと思います。*
③ さらに、これは家庭生活の心構えだとしても、社会生活のすべてに敷衍できるものではありません。そんなことをしていたら、女性社長も、女性閣僚も、女性議員も、皆、男性の上に立てないことになって、社会生活が成り立ちません。
*女性と男性の特性の違いから、女性が男性を包み込むような愛情表現が、家庭生活を円滑にするということはあると思います。しかし、それは両性の優劣や、どんな時でも男性を先に立てなければならないというような硬直化したものではなく、愛情に基づくもので、時と場合に合わせて、融通性があるものだと思います。
今日も読んでいただきありがとうございました。
どうぞ良い週末をお迎えください。
参考資料:
中島英迪著、大前繁雄著『皇室典範改正への緊急提言』新風書房
2020-12-19 12:36
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