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天皇の御歌(74)―第124代・昭和天皇(2) [昭和天皇]

20220430blog DSC_1182.JPG昨日、4月29日は「昭和の日」でした。もともと昭和天皇のお誕生日でしたが、1989年に崩御された後、みどりの日という祝日になり、 2007年、祝日に関する法律の改正によって,新たに昭和の日となりました。

御在世:1901―1989(崩御・87歳)
御在位:1926―1989(26歳~87歳)

昭和天皇の御在位期間は62年で、飛鳥時代以降の天皇では、最長とされています。飛鳥時代以前は、御在位期間について、複数の説があり、不確定要素が多いとのことです。御在位期間が、歴史の記録において、はっきりしている天皇では、最長ということなのですね。(nippon com)

https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00423/


今日は、昭和天皇をしのび、ご業績を讃え、感謝の気持ちとともに、御製をまなばせていただきます。

☆☆☆

“(昭和20年―1945―御年45歳
*沖縄陥落、ポツダム宣言受諾。連合軍の占領下に入る

社頭寒梅
風さむき しもよの月に世を祈る ひろまへ清く うめかをるなり

終戦後の御製
國柄を ただ守らんといばら道 すすみゆくとも いくさとめけり
(p401)


(昭和23年―1948―御年48歳)
*極東軍事裁判判決、A級戦犯死刑

悲しくも たたかひのためきられつる 文の林を しげらしめばや

たゆまずに すすむがををし 路をゆく 牛の歩みの おそくはあれども
(p403)


(昭和33年―1958―御年58歳)

赤間神宮ならびに安徳天皇陵に詣でて

水底に 沈み給ひし遠つ祖(おや)を 悲しとぞ思ふ 書(ふみ)見るたびに
(pp407~408)

(小田村寅二郎 小柳陽太郎 編著『歴代天皇の御歌―初代から今上陛下まで二千首-』 日本教文社 昭和52年8月15日 第5版)

☆☆☆


言葉の意味:

しもよ:霜夜。霜の降りる寒い夜。(weblio)

ひろまへ:広前。御前。▽神仏の前の尊敬語(weblio)

國柄(くにがら):《古くは「くにから」とも》1 国家の成り立ち。国の状態。
(中略) その国や地方に特有の持ち味。「お―が表れる」(コトバンク)

文の林(ふみのはやし):
ぶん‐りん【文林】 の解説 1 文学者の仲間。文苑。文壇。「儒家―」 2 詩歌・文章などを集めたもの。詩文集。文苑。(goo辞書)

赤間神宮:赤間神宮(あかまじんぐう)は、山口県下関市にある神社である。旧社格は官幣大社。壇ノ浦の戦いにおいて幼くして亡くなった安徳天皇を祀る。(Wikipedia)


[大意]

1首目
風が冷たく 霜が降りる夜の月に世の行く末を祈っている神の御前に 清らかな梅の香りがただよってきます

2首目
日本の国のあり方をただ守るために、いばらの道を進むことになるけれども、戦争をとめたのです

3首目
悲しいことに、戦争のためにずたずたに切られてしまった、詩歌、文章の豊かな林を、ふたたび、しげらせなければ

4首目
決して休むことなく、前に進む姿が雄々しい。道をゆく牛の歩みは、ゆっくりだけれども、確実です。

5首目
海の底に入水して沈んでしまわれた遠いご先祖でいらっしゃる安徳天皇のことを、(神宮に置かれた?)書を見るたびに、悲しく思います


[感想]

1首目、2首目は終戦の年の御製です。

1首目は、梅の季節ですから、1、2月頃でしょう。霜が降りるほどの夜、冷たい社殿の中で、神の御前に日本の将来を祈られる昭和天皇。ふと香ってきた梅の香は、天皇を励まされる天地の神からのメッセージだったのかも知れません。

2首目は、昭和天皇の固い御決意。この時は、死をもいとわない、どんな苦労でも耐え忍ぶという御決意でいらしたことと拝察申し上げます。その御決意が、その後の日本の奇蹟的な立ち上がりの支柱になったのだと思います。

3首目を読みながら、萬葉集から始まって、数々の勅撰和歌集が平安時代に編纂され、伝承されてきた日本の「文の林」の豊かさを思います。文の林、豊かな日本語の蓄積が、日本のあり方を、見えない所で形作り、支えているのだと思います。戦争やアメリカの占領によって、日本語が軽視され、日本文化が軽んじられる時期が、長く続いたことを思うと、それを予見される御製のような気がいたします。「文の林をしげらしめばや」は、今にも通じるお言葉だと思います。

4首目。牛は、歩みはゆっくりですが、重い荷を背負っても、堂々と黙々と文句を言わずに、たゆみなく前進します。その雄々しい姿にならって、急がなくてもよいから、弱音を吐くことなく、堂々と前進しなさいと、昭和天皇に激励していただいたような気がいたします。

5首目は、山口県下関市にある、安徳天皇をお祀りした赤間神宮を訪ねられての御製です。

大河ドラマはちょうど平家の壇ノ浦の戦いにさしかかると思いますが、その戦いで、800年前に亡くなられた幼い安徳天皇を遠い祖(みおや)と詠まれた昭和天皇のおことばが、予想外でした。天皇なので、昔の幼い天皇でも「みおや」と拝まれる感覚でいらっしゃるのですね。日本の歴史は奥が深いと思います。御製を詠まれた時の詳しい説明はありませんが、昭和天皇が、赤間神宮に行幸なさったときに、神宮に納められている安徳天皇の御事が書かれた文章をご覧になられ詠まれた御製ではないかと、拝察申し上げます。

赤間神宮はまだ行ったことがありませんが、いつか行ってみたいです。竜宮城のような美しい神宮だとのことです。
https://www.fugu-sakai.com/shimonoseki/karato/akama/


今日も読んでいただき有難うございました。
昭和天皇の御製を拝読して、昭和をなつかしく思い出しました。
みなさま、どうぞ実り多い連休をお過ごしください。
タグ:昭和の日
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皇位継承を巡る男系派と女系派の対立は幻想 [皇室典範改正]

20220429blog DSC_2060.JPG今日は、安定的な皇位継承について、書かせていただきます。

私は、女性天皇の実現について、10年以上念願して参りました。2020年8月からブログをひんぱんに更新するようになったのも、この希望実現のためといっても、過言ではありません。

天皇や皇室について、みなさまはどう思っていらっしゃるのでしょう。大切だと思う方も、必要なのかどうか分からない方もいらっしゃると思います。

私自身、20歳くらいまでは、天皇のことも、皇室のこともよく分かりませんでした。あることをきっかけに、天皇、皇室、そして天皇を中心と仰いできた日本人の歴史を学びはじめました。そして、日本という国は、天皇、皇室がなければ、今の安定した国柄にはならなかったことが少しずつ分かって来て、天皇、皇室を、深く敬愛するようになりました。

天皇、皇室は空気のようなものです。私たちは、物を食べなくても1週間は生きられるし、水を飲まなくても3日くらいは生きられます。しかし、空気がなくなったら、5分くらいでいのちが尽きます。空気はただですが、無くなったらたいへんなことになります。天皇、皇室もそうなのです。呼吸している時、ありがたいとも何とも思いませんが、無くなって初めて、どんなに恩恵を受けていたかと気がつくものです。

その天皇、皇室が、このまま国民が無関心でいたら、無くなってしまう可能性が出て来ました。皇室存続について、日本の歴史上、少なくとも第26代・継体天皇以降では、最大の危機ではないかと思います。

このまま、皇室制度の見直しが無ければ、悠仁親王が即位される頃には、皇室の若い世代がお一人になってしまう可能性が否定できません。万が一、不測の事態が起これば、あっさりと皇室がなくなってもおかしくありません。

それに対して、有識者会議を立ち上げて検討し、①女性皇族がご結婚後も皇室に残る、②皇統に属する男系の男子(一般国民)から養子を迎えるとの2つの案を皇族確保の案としています。ところが、どちらの案でも、それぞれの配偶者、お子様は一般国民のままであるのか、皇族になれるのかがあいまいという、当事者にとって不親切で、ずさんな案です。

日本国憲法で、天皇、皇室の人権は制限されています。だからといって、家族(夫婦・親子)という、人間にとって最も大切な関係において、当事者を不安定なお立場に放置することは、人道的に許されることではありありません。

政府に任せておけば、何とかなるということではなく、国民一人一人が考える必要がある重要なテーマだと思います。


さて、今日の話題は、神道学者、皇室研究者・高森明勅氏のブログ「皇位継承を巡って男系派と女系派が激しく対立という幻想」をご紹介します。高森氏のブログには、いつも目からウロコが落ちる気がいたします。

高森氏の下記ブログから、文章を抜粋いたします。

(「皇位継承を巡って男系派と女系派が激しく対立という幻想」高森明勅2022.4.29 ゴー宣ネット道場)
https://www.gosen-dojo.com/blog/35119/


「皇位継承の行方を巡って、男系論者と女系論者が
激しく対立しているという見方がある。」

「しかし、女系論者というのは恐らく“いない”はずだ。」

「天皇が国民にお寄せになるお気持ちを最も自然に受け継がれている
“直系”のお子様がおられる時は、男女の性別に関わりなく、
その方に皇位を継承して戴くのが相応しいと考えている以上、
あくまでも「直系」優先であって、決して「女系」優先ではない。」


男系論者というのが、男系男子限定であれば、女系論者といえば、女系女子限定ということになります。しかしそんな非現実的で、継続不可能な案を推している人は、誰一人いません。
男系でも女系でもよい、双系を認めるというのが、男系論者が女系論者だと呼んでいる人々の現実です。すなわち女系論者という呼び方は、誤りです。天皇に、男子と女子のお子様がいらしたら、女子が年下でも優先するということでもありません。あくまでも、天皇の直系のお子様、そして、男女問わず、長子優先なのです。


「一方、男系論者とされる方々も、以下のように発言されている。」

高森氏は、百地章氏、八木秀次氏、新田均氏、宇山卓栄氏のそれぞれの著書から、文章を引用されています。それぞれ、「万策尽きれば、女系継承を有り得る」ことを、異口同音に述べておられます。

「皆、男系“絶対”(=女系排除)ではなく、
男系“優先”(=女系容認)という立場だ。
しかし、旧宮家系国民男性または広く国民の中の
「皇統に属する男系の男子」が“特権的”に皇籍を
新しく取得する方策は、明らかに憲法に違反する
(第14条が禁じる「門地による差別」に当たる)以上、
すでに「万策尽き」「男系継承の維持は不可能」なので、
「皇統を守るために」「女系継承もあり得る」という
結論を受け入れるるべきではないか。」


男系論者といっても、実は男系“優先”(=女系容認)なのです。そして、有識者会議が、あれだけ検討を重ねて出された結論が、男系維持について、あやふやな方策しか提案できていないことが、すでに「万策尽きている」ことの証明です。

常識的に考えて「皇統を守るため」、双系の容認に舵を切る時は、今なのです。

男系男子が維持できなければ皇室が無くなってもいい(?)という、信じられない発言をする人もいますが、それはあくまで少数の変わり者だと思います。

大多数の日本人には、皇室を無くしたくない、そのために女系容認=双系容認もやむをえないということを、きっと理解していただけると思います。


今日も読んでいただきありがとうございました。
今日は、雨が降って気温も下がりました。
連休初日ですね。皆様、どうぞお身体に気をつけて、楽しい連休をお過ごしください。

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天皇の御歌(73)―第77代・後白河天皇 [後白河天皇]

20220427blog DSC_2058.JPG今日は、第77代・後白河天皇の御歌を学ばせていただきます。

御在世:1127―1192(崩御・66歳)

御在位:1155―1158(29歳~32歳)





[以下における院政期間 1158~1192(32歳~66歳)]

第78代・二條天皇の御在位期間
第79代・六條天皇の御在位期間
第80代・高倉天皇の御在位期間
第81代・安徳天皇の御在位期間
第82代・後鳥羽天皇の御在位中期まで

大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」で、後白河法皇は、西田敏行さんが演じています。その後白河法皇は、どういう方で、どんな御製を詠んでいらしたのだろうと、好奇心を覚えたので、学ぶことにいたしました。


第77代・後白河天皇は、第74代・鳥羽天皇の第四皇子。御践祚の翌年に保元の乱が起こり、御在位4年で御譲位なさったが、以後、二條・六條・高倉・安徳・後鳥羽の5天皇の三十余年間にわたって「院政」を御執りになり、66歳で亡くなられました。

保元の乱は、日本史でも学びました。簡単に説明すると、第77代・後白河天皇方と、崇徳上皇方(第75代天皇)との争いです。

“保元の乱(ほうげんのらん)は、保元元年(1156年)7月に皇位継承問題や摂関家の内紛により、朝廷が後白河天皇方と崇徳上皇方に分かれ、双方の衝突に至った政変である。 崇徳上皇方が敗北し、上皇は讃岐に配流された。”(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%9D%E5%85%83%E3%81%AE%E4%B9%B1

☆☆☆

“この「保元の乱」のもたらしたものは、源平二氏の武家としての実力が示され、政治に対する武家の比重を重からしめることになったとともに、公家勢力の衰兆を決定づけるものになって、以後700年に及ぶ武家ならびに幕府による政治が生まれ出る契機となってしまったものである。”(p102~103)
(小田村寅二郎 小柳陽太郎 編著『歴代天皇の御歌―初代から今上陛下まで二千首 -』 日本教文社 昭和52年8月15日 第5版)

☆☆☆


崇徳天皇と保元の乱については別の機会に書かせていただきたいと思います。

今回は、後白河天皇の御製をそのまま読ませていただきます。


☆☆☆

みこにおはしましける時、鳥羽殿(註・白河上皇が譲位と同時に京都の南、鳥羽に造営し給うた離宮)にわたらせ給ひける頃、池上花といへる心をよませ給うける

池水に みぎはのさくら 散りしきて 波の花こそ さかりなりけれ(千載集)

鳥羽殿にて、旅宿時雨(しぐれ)といふ事を

まばらなる 柴のいほりに たびねして 時雨にぬるゝ 小夜衣(さよごろも)かな(新古今集)(p103)

(小田村寅二郎 小柳陽太郎 編著『歴代天皇の御歌―初代から今上陛下まで二千首 -』 日本教文社 昭和52年8月15日 第5版)

☆☆☆

言葉の意味:

みこにおはしましける時:皇子でいらしたとき

鳥羽殿:とばどの
1086年(応徳3)に白河(しらかわ)天皇の後院(ごいん)(譲位後の居所に定めた御所)として、洛南(らくなん)の鳥羽(京都市伏見(ふしみ)区・南区)に造営された離宮。鳥羽離宮ともいう。鳥羽作道(とばのつくりみち)(現鴨川(かもがわ))の東に180町もの地を占め、中島のある池や、北殿、南殿、東殿、馬場殿、泉殿などの殿舎があった。鳥羽上皇もこの離宮を居所とし、新たに田中殿御所を造営した。(日本大百科全書(ニッポニカ))

[註]第72代・白河天皇
御在世:1053―1129(崩御・77歳)
御在位:1072―1086(20歳~34歳)

みぎは:【汀】 水のほとり。 水ぎわ。 「み(水)きは(際)」から。(weblio)

柴(しば):柴とは特定の樹種をさすのでなく,山野に生えているあまり大きくない雑木やその枝をいう。(コトバンク)

いほり:(庵)1 草木や竹などを材料としてつくった質素な小屋。僧・隠者などが住む小さな住居や、農作業などの仮小屋。(goo辞書)

たびね(旅寝):自宅を離れ、よそで寝ること。旅さきで寝ること。たびまくら。たびぶし。(コトバンク)

時雨:(しぐれ):晩秋から初冬にかけて降る雨で、降ったりやんだりするにわか雨をいう。(コトバンク)

小夜衣:(さよごろも):① 身をおおう夜具。着物のような形で、大形で掛けるもの。多く真綿がはいっている。(コトバンク)


[大意]

1首目:

池の水の、水際までさくらの花びらが散り敷かれ、波の上の花が今盛りなのだろう

2首目:

隙間だらけの雑木の枝で屋根を葺(ふ)いた質素な小屋に、旅で泊まったので、冷たい雨に夜着の衣がぬれたことよ


[感想]

桜の花びらがいっせいに枝から散り落ちて、水面をおおいつくしていて、波の上がはなざかりであるように見える、桜の散る頃に、見られる光景です。梅のはなびらでは、このようにはなりません。


1首目が集録されている「千載集」を初めて知りました。勅撰集八代集の7番目に当たるそうです。

千載集(せんざいしゅう):千載和歌集(せんざいわかしゅう)。平安後期の勅撰和歌集。20巻。八代集の7番目に当たる。藤原俊成が1183年,後白河法皇の院宣を受けて撰し,1188年に奏覧した。平安中期から当代までの作,約1290首を収める。(百科事典マイペディア)


お恥ずかしいことに、和歌集といえば、万葉集、古今集、新古今集くらいしか思い浮かばないので、和歌の文化の深さと広さをあらためて知らされました。


勅撰和歌集(ちょくせんわかしゅう):
天皇の綸旨(りんじ)または上皇・法皇の院宣(いんぜん)下命に基づいて編集、奏覧された和歌集。10世紀初頭ごろ成った最初の『古今和歌集』から15世紀前半の『新続(しんしょく)古今和歌集』まで21集があるが、最初の3集を「三代集」、最初から『新古今和歌集』までを「八代集」、続く『新勅撰和歌集』から『新続古今和歌集』までを「十三代集」、全体を「二十一代集」とよんでいる。21集で総歌数は約3万3700首になる。(コトバンク)


2首目を読んで、鳥羽殿(鳥羽離宮)に泊まられたのに、屋根が隙間だらけで、時雨が夜着を濡らすことを不思議に思いました。離宮の手入れが行きとどかないでいるのか、それとも離宮の途上で、小屋に泊まられたのかと思いをめぐらしましたが、わかりません。

鳥羽離宮に最初に住まわれた白河上皇は、後白河天皇の曾祖父でいらっしゃいます。鳥羽上皇は、後白河天皇の御父君ですから、鳥羽離宮との呼び名は御父君に由来するのでしょう。皇子におわしますときに鳥羽離宮を訪れたのは、文中にはありませんが、鳥羽上皇にお目にかかるためだったのかも知れません。鳥羽上皇が、崩御されたのは、後白河天皇が即位された翌年のことでしたから、御対面されたのかも知れません。

時雨が小夜衣をぬらすということを、涙が袖をぬらすことと解釈する人もあります。もしも、鳥羽上皇に皇子でいらした後白河天皇が対面されたのなら、御父君・鳥羽上皇は、まつりごとにかかわる思いをお子様に伝えられ、感じ入って、後白河天皇が涙されたのかも知れないなどと、空想がふくらみます。

後白河天皇の御製を読みますと、平安時代の空気が伝わって参ります。私はこれまでどちらかと言えば、萬葉集に詠われる飛鳥・奈良時代ののびやかでおおらかな空気が好きでしたが、国づくりが進んだ後の平安時代の洗練された空気にも、趣き深いものがあります。


今日も読んでいただき有難うございました。
皆様にとって、花々に恵まれた美しい日々が訪れますよう、お祈り申し上げます。
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さよなら、ニャン [友情]

20220422blog DSC_0120.JPG2022年4月20日、長年飼っていたネコが、天寿を全うしました。推定年齢20歳10ヶ月~21歳、迷いネコだったので、正確な誕生日は分かりません。

以前、平成元年(1989年)から飼い始めたメスネコは、平成10年(1999)まで生きて、推定年齢11歳~12歳、同じく迷いネコで、屋外と屋内を行き来していたので、家の中では天使のようにおとなしいネコでしたが、外では、ネズミやスズメをとる、名ハンターでした。

今の、2匹目のニャンコは、平成13年(2001年)から飼い始めました。ネコ好きの友人が職場の受付に座っていた時、玄関の自動ドアを開けて(?)よろよろと入って来たそうです。仔猫だったので、自動ドアが開くのだろうかと不思議に思いますが、誰かが空けた隙間から、入ったのかも知れません。

私が「ネコのマザー・テレサ」とひそかに名付けた友人は、迷いネコに至れり尽くせりのケアをすませて、わが家に譲ってくれました。わが家は車道が近いため、初めての室内飼いとなりました。

あたらしいニャンコは、オスだったこともあって、実にワイルドな元気いっぱい、気かん坊ネコでした。細身で精悍で、屋外に出ていれば、名ハンターになれたと思います。ただ、生まれ育ったときによほどこわい目にあったのか、人間ギライで、飼い主以外の客が家に来ると、押し入れに隠れて、お客がいなくなるまで、絶対に姿を見せませんでした。

前に飼っていたネコは、軽く叱ればいうことを聞いたのに、新ニャンコはいくら叱ってもいうことを聞くどころか、テーブルの上にあるものを次々に落っことして反抗するという日々が、しばらく続きました。

そんな気かん坊も、15歳を超えたころから、人の気持ちを汲めるようになり、大人しくなってきました。化け猫といったら聞こえがよくないが、年齢を重ねると、ネコでも人の気持ちを読めるようになってきて、意思疎通ができるので、「来世は人間に生れて来るかも」と冗談が言えるくらい、人間臭くなってきました。

数年前からドライフードをまったく食べなくなり、だんだん痩せて来ました。けれども高齢ネコ用の缶詰に餌を変更し、それまで口にしなかった牛乳を飲むようになってから、元気を恢復し、食欲旺盛、排せつも順調ということで、20歳を迎えました。

食欲旺盛だったので25歳くらいまで生きるかと期待したのですが、歯周病で口中の痛みがひどくなり餌が取れなくなって、3日ほど絶食して、最後は水も飲めなくなりました。病院で痛み止めを注射してもらいましたが、食欲は戻らず、往年は3.5キロだった体重が1.88キロになって、静かに息を引き取りました。25歳の寿命はかないませんでしたが、何だかその分、私に+5年の寿命を分けてくれたような気がして、長生きできそうな気がしています。

ネコなどのペットは、飼い主が昇天したのちに、出迎えに来てくれるそうです。わが家のニャンコも、今ごろは、不自由な体を脱ぎ捨てて身軽になり、自由自在に飛んだり跳ねたり、歩き回って、49日の間は屋内、屋外の散歩を楽しんでいるのだろうと思います。

ペットを亡くした方にはそれぞれの思いがおありでしょう。わが家のネコは、20歳を超えて、自然に衰弱して、炎が少しずつ小さくなり、ふっと消えるような昇天でした。幸せな人生ならぬネコ生だったと思います。縁あってわが家に来てくれたニャンコに、お礼を言いたいです。


今日も読んでいただき、ありがとうございました。
新芽の美しい季節になりました。ケヤキの新芽が一斉にふきだすとき、ことばにならない美しさを覚えます。皆様も、美しい花の芽吹きに祝福された日々をお過ごしください。

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勇気ある情報発信にエールを送ります(3) [新型コロナ]

20220413blog DSC_2042.JPGエールを送りますと言いつつ、本当は励まされているのは、私の方です。

今日は、「岡山・倉敷新型コロナウィルス感染対策市民審議会」をご紹介します。

同審議会の、子供へのワクチン接種の停止を求める主張に賛同して関わり始めたのは、昨年の8月からでした。ホームページを初めて知ったのは、たぶん、ゴー宣ネット道場からだったと思います。

同審議会の、ホームページの呼びかけのことば、

「【10万人署名】子どもたちへの新型コロナワクチン接種の停止を求めます。」

に共感したので、さっそく署名して、ささやかな寄付を送り、メールマガジンに登録しました。

「岡山・倉敷新型コロナウイルス感染対策市民審議会」
https://voice.charity/events/112

それ以後は、自分のfacebookで、ホームページの情報を拡散するくらいで、目立ったことをしたわけではありません。

私が、勇気を与えられたのは、市民審議会の「経過報告」の結びに、いつも書かれている言葉です。

“自分では、ほんのちょっとの成果と思っていても、他の人からみれば、すごい!と思える成果だったりします。

また、立場が違えば、できることできないこと変わってきますので、ぜひぜひあなたの活動報告を教えてください。“
https://voice.charity/events/112
「岡山・倉敷新型コロナウイルス感染対策市民審議会」

「自分では、ほんのちょっとの成果と思っていても、他の人からみれば、すごい!と思える成果だったりします」

いい言葉だと思いました。昨年から、安定的な皇位継承について、無我夢中で情報発信してきました。こんな小さなことで何か影響があるのだろうかと、落ち込むこともあります。同じ気持ちを持つ仲間に支えられ、励まし合い、情報を与え合う、それがいつの間にか一つの成果につながっていくと、励まされた気がしました。

ほんのちょっとの成果でも、思わぬ大きな成果につながったりする、人から見れば、すごい!と思ってもらえるかも知れないと。この言葉に、すごく勇気を与えられました。


一昨日、4月11日の上記ホームページの経過報告では、しかし、同審議会の地元岡山県の医師会が、「元気な子供はワクチン接種を」と推奨する報道がされたそうです。

「市民審議会」代表の片岡徹也さんのface bookによれば、岡山県医師会に電話したそうです。

片岡さんが、ワクチン接種の危険性、接種後の重篤者が2万名を超えていることを伝えても、知っているが、(重篤者は)1,000分の1以下になるんじゃないですかという、担当者の回答だったそうです。そして、片岡さんが、

“こちらから「個人的に、コロナに罹るよりもワクチン接種の方が危険性が高いと考えてます」とお伝えすると、驚かれ「そういう考えは初めて聞きました」と岡山県医師会の問い合わせ担当の医師。”
(片岡徹也さんのface book 4.11より)
https://www.facebook.com/kataoka.tetsuya/posts/5300307280001257

医師会の担当者が、5歳~11歳では日本全国に、コロナ感染症での重症者、死者がほとんどいないのに、こういう(ワクチン接種で子供の死者や重篤者が出ても仕方がないといわんばかりの)認識だということには、驚きます。「初めて聞いた」との回答は、まだまだ情報が行き届いていないことを、知らされました。


希望が持てるニュースは、3回目の接種、子供への接種の即時中止を求める全国有志医師の会が、立ち上がったことです。


“全国有志医師の会共同声明

全国の有志医師の会は、新型コロナウイルス感染症対策の抜本的変更、及び新型コロナワクチン接種事業(3回目接種、5歳~11歳の子どもへの接種、妊婦への接種)の即時中止を強く求めます。”
(「全国有志医師の会 共同声明」全国有志医師の会ホームページ)
https://vmed.jp/

全国有志医師の会では、コロナ、コロナワクチン後遺症の相談ができる各県のクリニックも紹介しています。

“コロナ、コロナワクチン後遺症の相談ができるクリニック
コロナワクチン接種後の体調不良でお悩みの方は、全国有志医師会のクリニックがご相談に乗ります。お近くのクリニックをお探しの方は、ボタンをクリックしてください。“
(全国有志医師の会ホームページ)
https://vmed.jp/


泉大津市の南出市長の、「接種券を贈らない」決断も、すばらしいです。子供のワクチン接種について、親御さんにとって、真剣に考える機会になると思います。
https://news.yahoo.co.jp/articles/8756d6ae49ee54b8634147d00c6d657f048af326


こういった皆様を、応援して参りたいと思います。
ちょっとの成果でもいい、これからも出来ることを続けて参ります。


今日も読んでいただき有難うございました。
私の居住地では、いきなり夏の暑さです。皆様、お身体にお気をつけて、どうぞお元気にお過ごしくださいませ。
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勇気ある情報発信にエールを送ります(2) [新型コロナ]

20220409blog DSC_2054.JPGスミレは春を代表する可憐な花、大好きな花のひとつです。


勇気ある情報発信にエールを送る第2回目は、5歳から11歳のワクチン接種を慎重にという意見広告を、新聞に掲載する運動を始めた「たけし社長」をご紹介します。

https://congrant.com/project/covidcnet/3908
(「新型コロナウイルス関連情報発信センター」ホームページ)

https://news.yahoo.co.jp/articles/34ec3d2b3eef848a00d2ab8c773fdcbfac1f1810
(デイリー新潮2022年2月24日記事『「子どもにワクチンは必要?」日経新聞など28紙に異例の意見広告を出した男性の正体 掲載料「2億5千万円」の意外な捻出法』)

https://www.dailyshincho.jp/article/2022/02241131/?photo=2
(写真)

最初の新聞広告は、昨年の11月30日で福岡の西日本新聞でした。最初の広告は、たけし社長の会社の内部留保から、全額出したそうです。一個人が投じた灯に、次々応援が寄せられ、2か月で2億円もの寄付金が集まりました。地方新聞からスタートした広告でしたが、全国紙の日本経済新聞にも出せるまでに至りました。

こういう見返りを求めない広告を掲載した動機は、デイリー新潮に書かれている通りですが、何のバックも無い一個人が、自費で広告掲載を始めたことに感動しました。さらに、広告の内容が厚生労働省のデータを元に、正確に淡々と語られていることも、感心いたします。

お時間のある方は「たけし社長」の動画もご視聴ください。
https://www.worldofgosen.com/2022/04/09/%E3%81%9F%E3%81%91%E3%81%97%E7%A4%BE%E9%95%B7%E3%81%AE2022%E5%B9%B43%E6%9C%8821%E6%97%A5%E7%86%8A%E6%9C%AC%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%82%B8%E3%82%A6%E3%83%A0%E3%81%AE%E5%8B%95%E7%94%BB/
(世界のゴー宣ファンサイト『たけし社長の2022年3月21日熊本シンポジウムの動画』)

このように、情報の偏りを是正する広告掲載を勇気をもってはじめた「たけし社長」に心からのエールを送りたいと思っています。


ワクチンについて、問題なのは、世間に流れている情報が、偏っていることです。

あまり知らされていないことの一つは、政府が3回目接種を勧めているワクチンは、デルタ株のために開発されたものですから、オミクロン株や、その後の変異株に効果があるという証拠(エビデンス)が無いことです。感染予防の効果もありません。ワクチン3回目接種者でも感染しています。

このことは、何人もの人が、厚生労働省に直接電話をして得た回答です。厚生労働省はウソを言っていませんが、実は効果が無いことについて、積極的な情報発信をしないので、政府、マスコミは、効果があるような宣伝をしています。

政府は、重症化が防げると言いますが、オミクロン株になって、感染力が増大し感染者数は増加しましたが、重症者は減っていて、特に若年層はほとんどが回復しています。高齢者の場合はコロナでなくて、インフルエンザでも肺炎でも、寿命を迎えた人は亡くなります。それは自然の摂理です。元々重症化しにくくなっている新型コロナ感染症に対して、政府の重症化が防げるという根拠はあいまいです。それどころか、ワクチン接種している人の方が、実は感染率が高いというイギリス政府のデータもあります。

https://www.nicovideo.jp/watch/sm40243610


新型コロナに絶対罹りたくない、罹るくらいならワクチンで死んだ方がましだと考えるなら話は別ですが、実際に感染予防にならない、重症化を防げるとは限らない、そんなワクチンを打つ意味は、すでになくなっているのです。

あまり知らされていない、もう一つの問題は、これまでのワクチン接種後の死者について、政府、厚生労働省がワクチン接種とは関係が無いという立場をとっていることです。厚生労働省の分科会は、ワクチン接種後の死者1、471人について、ワクチンとは関係なし、又は因果関係は不明(因果関係があると結論付けられた事例はない)と発表しています。因果関係ありと認められたケースは、ただの1件もありません。

下記引用の通り、「現時点において、ワクチンとの因果関係があると結論づけられた事例はなく」とされています。認定すれば補償の義務が生じるので認定したくないのでしょう。

“死亡例の報告について(資料1-3-1、1-3-2、1-3-3、1-8)
○対象期間までに、ファイザー社ワクチンについて1,430件(100万回接種あたり7.8件)、武田/モデルナ社ワクチンについて82件(100万回接種あたり2.1件)、アストラゼネカ社ワクチンについて1件(100万回接種あたり8.6件)の報告がありました。これまでの報告と比較して大きな変化はありませんでした。報告例のうち3回目接種後の事例については、ファイザー社ワクチン接種後の28件(100万回接種あたり2.2件)、武田/モデルナ社ワクチン接種後の16件(100万回接種あたり2.7件)でした。現時点において、ワクチンとの因果関係があると結論づけられた事例はなく、3回目接種後の事例を含め、引き続き集団としてのデータを系統的に検討していくこととされました。“

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_hukuhannou-utagai-houkoku.html
(厚生労働省ホームページ「新型コロナワクチンの副反応疑い報告について」)


報告書の「因果関係があると結論付けられていない」(因果関係不明)は、「因果関係なし」ということではありません。分からないということです。それなのに、政府は「因果関係なし」というかのように3回目、4回目の接種を、積極的に推奨しています。さらにコロナ感染症では、ほとんど死者のいない、5歳~11歳の子供にまで、祖父母など周囲の高齢者に感染を拡げないという意味不明の理由で接種させようとしています。

「因果関係不明」となるにはわけがあります。ワクチン接種前に全身の精密検査を受けて、死亡後に解剖を行えば、ワクチン接種後の変化を知ることができ、影響があったことが推測できますが、そんなことをする人は、まずいません。また、元々検査を受けるほどの人は、基礎疾患がある場合が多いので、亡くなってもワクチンのせいではない、基礎疾患がたまたま悪化したとされてしまいます。厚生労働省の意のままに、いくらでも「因果関係不明」と言える仕組みになっています。


このように、感染予防効果のない、副反応があっても補償されないワクチンの3回目、4回目接種はしないというのが、もっとも賢明な選択だと思います。


なお、先日、反ワクチンを訴える団体のメンバー4名が、接種会場に無理やり押し入ったとのニュースが流れました。同団体は、全国規模のデモも行っているようです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/1c252dfc557a9de4a4ce6d3675e6fffe480dffd5

焦る気持ちは分かりますが、行き過ぎた行為は慎むべきで、静かなデモに留めるのが、限度だと思います。

また、ワクチンの接種の問題を、ウクライナ問題に結び付けてロシア擁護の意見を述べる人がありますが、そのように関連付けることは逆効果で、かえって事の本質から、離れてしまうことを危惧します。新型コロナ感染症とワクチン接種の問題については、あくまでも科学者や現実のデータを元に、冷静に語り続けるのがよいと思います。

ウクライナの問題と、ワクチンの問題は、関連付けない方がよいというのが私の考えです。

今日も読んでいただき有難うございました。
あたたかくなって参りました。屋外ではマスクを外して、深呼吸をしながら、伸び伸び歩きたいと、切に思います。
皆様の、ご健勝を心よりお祈り申し上げます。
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勇気ある情報発信にエールを送ります [新型コロナ]

20220407blog DSC_2050.JPG三枝(ミツマタ)の花です。沈丁花(ジンチョウゲ)科なので、花の形が似ていますね。一年枝の樹皮は和紙や紙幣の原料になります。

前回のブログで、政府やマスメディアの偏った情報、圧力に屈しないで、必要と思う情報を勇気をもって発信し続けている人々について、取り上げたいと書きました。

第一に取り上げるのは、ワクチンを接種しないとの決断を促してくれた漫画家・小林よしのり氏です。

小林よしのり氏の漫画は、1993年7月に単行本で出版された『ゴーマニズム宣言』を皮切りに、『ゴーマニズム宣言差別論スペシャル』、『ゴーマニズム宣言スペシャル脱正義論』に始まり、戦争論1~3、新戦争論、台湾論、沖縄論、天皇論、大東亜論、主なものには、ほとんど眼を通して来ました。

小林よしのり氏は、漫画という表現媒体で日本の歴史に名が残る偉大な思想家の一人だと思っています。

小林氏の『ゴーマニズム宣言SPECIAL コロナ論』は、1~5巻まで出版されています。この本で、新型コロナ感染症について、海外各国、特に欧米では多くの死者を出しているが、日本における死者は、例年のインフルエンザとほぼ同等であり、恐るるに足らないという基礎的な知識を与えられました。


その後の経過を見ますと、新型コロナ感染症の死者数は、2020年初めから2022年4月4日までの、累積が28、448人です。100年前のスペイン風邪は、2~3年続きましたが、全期間の死者は日本本土で45万人、当時日本だった朝鮮、台湾を含めて75万人でした。小林氏の、新型コロナウィルス感染症は恐るるに足らないという認識が正しかったことが、明らかになって来ています。

新型コロナウィルス感染症による死者が水増しされているということも、コロナ論で最初に知りました。最近になって、新型コロナウィルス感染症が直接の死因であるのは、第6波以降では約6割(それ以前は85%~80%)であるという、大阪市のデータが発表されました。他の疾病による死亡者でもPCR検査の結果が陽性であれば、コロナ死としてカウントされていたことがデータで実証されました。発表は大阪市ですが、全国的にそれほど差は無いと考えられます。6割~8割5分だとしますと、実際に「コロナで亡くなった」のは17、000人~24、000人余りとなります。スペイン風邪と比べたら0.04~0.05%です。

https://www.youtube.com/watch?v=OnhIGelV2-o
(【驚愕】4割も!?「直接的コロナ関連死」ではなかった。これはキチンと公表すべき事です。)
*動画語り手の野中しんすけ氏は、ほぼ毎日動画を発信しています。厚生労働省のデータを読み解く形で、ていねいに説明してくれています。


新型コロナ感染症による死者の中には、2類であるがゆえに保健所を介するという方式が、かえってマイナスに作用して治療が遅れたケースもあるということは、見逃せないと思います。

マスクは感染防止に役に立っていないことも、医学的に明らかになっています。それなのに、世の中ではいまだにマスクを外すことができずに、屋外の散歩や、中には車の運転をしながらマスクをしている人もあります。幼児や小学生のマスク常時着用は、痛々しくて見ていられません。本当に必要な人以外は、即時マスクを外すことが、健康の上からも、必要だと思います。


ワクチンについて、小林よしのり氏は、日本の医学者井上正康氏や、海外の情報により、mRNAの危険性を発信していたので、私も接種しないことに決めましたが、他の人が接種することについては、昨年初めの時点では、各人の人の自由意思で決めることであり、したい人はしてもよいとい考えでした。しかし1年経って、接種後の死者数が1、471人、重篤な副反応に苦しむ人数が6、631人という数値を見て、井上氏や海外の学者の予測が当たっていたことに呆然としています。今は、コロナの感染予防にならない、接種を繰り返せば免疫力低下が起こり、かえって罹患しやすくなるようなワクチンは、誰にとっても接種しない方がよい、という考えになりました。

小林よしのり氏の『コロナ論』は、歴史に残る名著だと思います。新型コロナワクチンに関する基礎知識を教えてくれた小林氏のコロナ論1~5巻の執筆・出版という情報発信に、深く感謝すると同時に、コロナ以外でも時代を先取りする今後の執筆活動に期待し、心からのエールを送りたいと思います。


今日も読んでいただき、ありがとうございました。
私の居住地では、桜が葉桜になり始め、桜以外にも美しい花々が街に溢れています。数日前訪れた森林公園では、オタマジャクシが群れになって、うれしそうに泳いでいました。街を歩いていて、進学で新しい門出を迎えたらしい少年少女に会うと、こちらもウキウキします。
皆様にとって、希望に満ちた4月でありますよう、お祈り申し上げます。
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