天皇の御歌(12)-第116代 桃園天皇 [桃園天皇]
桃園天皇に魅せられて、今日も、御歌(おうた)を詠ませていただきます。
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“簾外燕(宝暦六年 ― 一七五六 ― 御年十六歳)
春はまた 小簾(おす)の外(と)ちかく つばくらめ 古巣ありとや 行き歸るらむ
聴(宝暦六年 ― 一七五六 ― 御年十六歳)
身の恥も 忘れて人に なにくれと 問ひ聞く事ぞ さらにうれしき“
(p291)
“七夕管弦(宝暦六年 ― 一七五六 ― 御年十六歳)
吹く笛も かきなす琴も 秋かぜに しらぶるこゑを 星やめづらむ
(七夕御会)“
(p292)
(小田村寅二郎 小柳陽太郎 編著 『歴代天皇の御歌 ― 初代から今上陛下まで二千首 - 』 日本教文社 昭和52年8月15日 第5版)
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「小簾」は「小さいすだれのこと」
「めづらむ」(めづる)は、「好む、愛する」ことです。
今日の御歌は、分かりやすいものばかりです。
1首めの、つばめは、前の年に巣をかけたところに、安全であれば毎年、巣を作ります。
宮中の、小さいすだれの外は、その毎年、巣をかけるところになっていたのでしょう。
私の家の近くでも、一戸建ての家のガレージに毎年、巣を作るつばめがいます。その家の人も優しい人で、つばめの巣作りを許しているらしく、下のコンクリートに、フン除けのシートが敷いてあるだけで、毎年、口を大きく開けた燕の子供が、チイチイとにぎやかで楽しませてもらっています。
親ツバメは、虫を捕まえては、絶え間なく巣に出入りしています。無心な姿に、春の喜びが感じられます。
2首め、「聞くは一時の恥 聞かぬは一生の恥」とことわざがありますが、知らなかったことを、恥をかえりみず、聞く、新しいことを学ぶ喜びを詠っておられます。お若い時なので、自然なことです。
我が身を省みて、いくつになっても、分からないことは素直に人に聞くという、新鮮な気持ちは忘れたくないものです。
3首め、七夕の笛を吹き、琴をかきならす、七夕の様子です。七夕が「秋かぜ」というのは、ちょっと不思議です。
幸い、星空が見えて、人々の歌う声も、空に広がっていく、星も、そんな楽し気な人々の祝う様子をみそなわして、喜んでいらっしゃることだろう、そんな光景が思われます。
今日は、あまり難しいことを考えずに、御歌のひびきを楽しませていただきました。
今日も、読んでいただき、有難うございました。
今日が皆様にとって、心豊かな一日でありますように。
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